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第40回 情報知識学会とTim Bray氏のこと

先ごろ、情報知識学会において、第6回SGML/XML研修フォーラムが開催された。私も及ばずながら、この催しのお手伝いをさせて戴いた。毎年開催されるこのフォーラムも、既に6回を数えるに至っている。6回ということは、1996年に初回が催された訳であり、XMLの誕生のころから取り組んでいることがご理解戴けよう。

早ければ良いと言うわけではないが、学界すなわちアカデミーの立場からXMLの誕生当初より取り組んでいるという意味では、今日のXMLの普及に大きく貢献していると考えるところである。

国立情報学研究所の根岸正光教授をはじめ関係者の方々のご努力は、大変なものである。実際、XMLは、すでに個別企業の取り組みではなく、異業種や、行政機構、さらには市民まで含めた広範な取り組みがあって、初めてその効果が大きく花開くものであり、従来確立されてきた商習慣や行政手続(官と民の関わり方)とは異なる枠組みを大胆に描き出さなければならないものともいえる。

大げさに言えば、社会のBPR(業務改革)活動として、新しい社会経済構造の再デザインへの取り組みが求められる。明治維新のころ福沢諭吉先生が学界の立場から社会変革に取り組まれたと同様に、既存の産業軸から一定の距離にあるアカデミー軸からの社会変革のドライブが重要な時代と思っている。

今回、研修フォーラムとしては初めて「電子政府と市民生活」という基調テーマを掲げた。XML登場以来、わが国においても多数組織されるに至ったXML関係コンソーシアムの方々に、その活動内容をご報告戴いたり、省庁や先進的自治体の方々から標準化施策や行政手続におけるXMLの適用をご紹介いただき、実行委員の立場としても、学会ならではの研修フォーラムができたと、内心自負するところである。

特に、古くからの友人であるFisher Lee氏に台湾での電子政府への取り組みを紹介していただくなど、国際的な情報も紹介できたことは、いささか遅れの目立ちはじめた日本でのネットワーク利用に、何らかの警鐘を提起できたのではないかとも思う。

しかし実は、このイベントで私を困惑させた大きな問題が発生した。XML1.0の制作者のひとりであり、W3CでのXMLの取り組みの中核的人物のひとりでもあるTim Bray氏に、このフォーラムでの講演を依頼していたのである。古くからの友人でもある氏に、快く講演を引き受けていただいていたのだが、フォーラム開催の10日前に、突然彼からキャンセルの連絡を受けたのだ。

ITバブルの崩壊が、例の同時多発テロ事件によって急速に加速したことは承知していたのだが、まさか彼の会社まで苦境に立たされるとや予想もしていなかった。しかし、相当深刻らしく、私としてもこれ以上彼に無理を強いることができなかった。

ここに至ってはピンチヒッターを探す余裕もないことから、彼と話し合いビデオでの講演を用意することとした。早速、彼はビデオを撮影し、私のところに国際宅配便で送ってくれたのだが、手元に届いたのは講演前日であり、それからビデオを見て、私なりに翻訳とコメントを用意して当日に間に合わせた。

いやはや、ビデオが届くまで、気が気ではない時間を過ごすはめに陥った。しかし、英語で一方的に話しまくるセッションとは異なって、日本語での説明を施しながら講演ができたことで、参加された方には多少とも得るものがあったのではないかと冷や汗をぬぐったところである。

余談ではあるが、今回ほど国際宅配便の追跡システムのありがたさを感じたことはなかった。ビデオがどこの空港にあり、日本の税関を通過し、国内配送手続きに入ったことなどが、リアルタイムに把握でき、着実に届くことが確信できたことで、多少の心のゆとりがもてたのは有難かった

実際、彼が用意してくれたビデオは、短時間の割にはよく編集されており、彼の努力に頭が下がる思いであった。また、ご希望者の何人かにはダビングしてお渡しすることができたのは、思わぬ効果でもあった。

その講演内容も、XMLの今後について、大変示唆に富むものであったが、内容については改めてこのコラムで紹介させていただくこととする。

いずれにしても、対岸の火事同然に眺めていたテロ事件が、こんな形で私にも影響を与えるとは、予想だにしないことでもあるし、Tim氏を苦しめている、テロ行為に代表される今日の閉塞感に、行き場のない怒りと悲しみを覚える。

しかし、インターネット上での最初のサーチエンジンを作り、XMLを案出してきた彼のこと、必ずやこの苦境から抜け出し、ネットワーク社会に新たな貢献をしてくれるに違いないと信じるところである。また、同じく零細ベンチャーを経営する私ではあるが、彼に何らか支援ができないかと模索するところでもある。

フォーラムが無事終了し、彼に対してどのようにお礼をしたら良いか率直に教え てくれと尋ねたら

  1. 今回来日できなかったことを許してくれること
  2. また、俺を日本に呼んでくれること
  3. お前がバンクーバーの俺の家に訪ねてくると約束してくれること


の3つでよいとの返事であり、メールを見て不覚にも初めて落涙してしまった。好 漢の活躍を心の底から願っている。



執筆  菊田昌弘(前代表取締役)



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