COLUMN

第14回 「教育への課題・新しいスプートニク・ショック」

このごろ、情報教育に関係するお話をいくつかうけたまわる。内容はさまざまで、XML普及の動きにむけた情報システム部門へのガイダンス提供へのお求めであったり、CIO/CKOとしての企業情報戦略に携わる方々への教材提供のお求めであったり、また小学生向けの漢字学習や算数学習の機構であったりする。対象者も目標とするところも千差万別と言って良い。
これらのテーマについて考えるうちに「情報教育」の構造の奥深さや、重要さに改めて気づかされる。

今日、盛んに行われているのが、パソコン教育でありインターネット教室である。いずれも操作方法の学習に焦点をあてたものであり、ネットワーク時代に活躍する上で不可欠な技能である。従来の読み・書き・そろばんと同様、今後の社会生活を送っていく上で必要な基礎能力として「義務教育」の一環に組み込まれていくこととなろう。事実、文部省の学習指導要領のなかにおいても、この領域の重要性が指摘されているし、また米国では来年までに、初等段階でのこの種の学習を全小中学校に展開することが政策として進められている。
この種の操作能力を身につけるための学習は、いわゆるハンズ・オンによるトレーニングが主体となろう。その目標とされるのは、誰でも等しくネットワークの利用方法を体得する点に置かれる。ただし、Webの登場を契機として、急速な変化を遂げているソフトウエアやハードウエアにあって、何を対象として操作技術を教えていくかの目標設定が極めて難しいのが現実である。

ましてや、情報戦略に向けた教育となると一層ややこしくなる。まず「戦略」と言う以上、誰もが等しい結果を導くこと自体、意味を失う。戦略立案に際しては、他の競争的立場にある企業との差別化のための(他と異なる)新たな機構を創出できる能力が必要とされるか、または他の企業が考えつかなかった新しいアイデアのもとでの市場創造が必要とされることととなる。実際、新しく脚光を浴びている米国でのネットワーク産業においては、アマゾン・COMをはじめとし、今まで存在しなかった新しい機構を考え出した企業が活躍し、大企業をしり目に大きな市場を開拓しつつある。Yahoo!しかり、Netscapeしかりである。日本の新しい社会を担う人材を育成していく上では、このような新しい価値創造を創出できる人間を育成していくことが大切と考える。

人工衛星打ち上げで、当時のソビエトに先をこされた米国では、それまでの科学教育に対して大変な批判が巻き起こったそうである。経験主義教育を主軸に構築された教育体系では「未知なるもの」への対応が困難であり、「解」が既知のものしか教えられない歯がゆさがある。
人工衛星のように人類が初めて取り組む事業に関しては、当然のことながらこれまで認識されなかったさまざまな新しい課題や制約に直面することとなる。このような新しい問題に対しては、経験主義教育だけでは自ずから限界があり、むしろ「ものの考え方」や「現象の本質を見抜く力」を体得できる教育機構が重視されることとなる。
このような意味で、米国ではこれまでの経験主義教育に加えて、「形式陶冶」に主眼をおいた「発見学習」への取り組みが急速に展開されるようになった。いわゆる「スプートニク・ショック」に端を発する1960年前後の一連のカリキュラム改革運動の展開である。

今日の情報社会への道程が、大げさに言えばこれまで人間が踏み入っていない新しい社会経済構造への転換にあるとすれば、情報教育は、単純にコンピュータの操作を教えることに止まる訳にはいかない。情報教育は米国などの先進国の技術を国内に移転すればよしとするのではなく、技術を発想する能力や、技術を利用して新しい機構を組み立てていく能力を啓発していかなければならないと思われる。特に、何十年もの長きに亘って、情報技術輸入国であり続けている日本は、このような意味での能力開発機構が決定的に欠落していたのではないかと心底心配になる。

情報技術の立ち後れや、ベンチャー企業育成の立ち後れが叫ばれる日本においては、企業セクター側での努力のみを求めるのではなく、教育機構側からの取り組みが必要とされているのではないかと考えるところである。企業側にも教育機構側にも、現実には第2のスプートニク・ショックにさらされているのが今日の状況のように思える。

執筆 菊田昌弘(前代表取締役)