第18回 「ちかごろ気になる4つの”~ ション”」
いよいよNASDAが日本に上陸し、ナスダックの株取引が日本でもできる日が近づいている。もちろん、日本のベンチャー企業も、新しい資金調達市場を獲得できることとなり、間接金融一本槍だったベンチャーの資金調達の方途も、新たな可能性のもと、世界に活躍できる企業が輩出できるようになるのではないかと期待する。
「今後5年以内に、世界の株式市場とリンクした24時間の取引体制を実現したい。」とはNASDのフランク・ザーブ会長の弁である。事実、欧州の各取引所の他、上海証券取引所とも提携の準備を進めているようである。このような世界市場の構築は、否応なしに日本の市場にも大きな変革を迫ることになろう。
この種の改革を、「情報技術の進展」がもたらした新たな機構として片づけることはたやすい。実際に、Amazonは世界160カ国、600万人の利用者を擁する書店となり、AutobytelはWeb上で月10万台の自動車を販売するディーラとなっている。これらの機構の出現は情報技術の進展、とりわけWebの普及がなければ考えられない。今後とも、さまざまにネットワークを利用した新しい機構や、既存の枠組みを大きく発展させた仕組みが続々と出現するであろうことは想像に難くない。そのため、我が国情報技術業界においても、米国の情報技術の進展を分析し、いち早く導入を図る動きが盛んである。
しかし、「情報技術」という狭い枠組みで、これらの変化を片づけることができるであろうか?実は、この裏には大きな変化の底流がありそうである。
「グローバリゼーション」
実際に近年の出来事を見ても、ベンツとクライスラーの国境を超えた合併や、シティコープとトラベラーズの合併、ドイツテレコム/フランステレコム/スプリントの国境を超えた提携が起こっている。すなわち、経済活動の成熟は必然的に産業界における「グローバリゼーション」をもたらしている。我が国でも、上述のナスダックの上陸以外に、英国ケーブルアンドワイアレス社による国際ディジタル通信(IDC)の取得や、日産自動車とフランス・ルノーの提携など、毎日のようにグローバリゼーションへの動きが発生している。
これらの事実を見ても、情報技術の進展はこの種の国際企業の組織活動を支える基盤を提供しつつあるが、国際企業形成への直接的動機そのものとは考えにくい。
「スタンダダイゼーション」
経済のグローバル化は、必然的に国境によって閉ざされていた商取引ルールではなく、世界を単一の市場として扱い得る世界共通の取引ルールを求めることとなる。具体的には、ISO9000による品質管理や14000による環境への取り組み。また国際会計基準(IAS)による情報開示などの国際的なスタンダダイゼーションの展開は我が国にも大きく影響を与えている。
今日、米国流のルールを是とし、これまで培ってきた我が国のルールを否とするスタンダダイゼーションが進行しつつある。あたかも開国を迫られた江戸幕府のように、我々は新たな商取引ルールへの脱皮を迫られているようでもある。
福沢 諭吉先生とともに慶応義塾の運営に当たられた小幡
篤次郎先生は「米国の我国に通信を開くや、水師提督ペルリをして、一隊の軍艦を率いて我内海に驀(ばく)入せしめ、我に強るに通信交易の事を以てし、(中略)何ぞその言の美にして、その事の醜なるや。言行齟齬するの甚だしきものというべし。この際の形容を除きてその事実のみを直言すれば、我と商売せざる者はこれを殺すというに過ぎず。」との論評を明治8年に発表している。往時のこの指摘は、今日の我々に無縁と言えるであろうか?
「パーソナライゼーション」
これまでの、我々を取り巻く「価値創造の論理」は、規格化、規模の経済追求などの工業化論理であることは、以前記述した通りである。このテーゼのもとに、産業にとどまらず教育や行政に至るまで我が国社会全体を長く支配してきた均一主義が導びかれた。しかし、先頃近所のスーパに醤油を買いにいってなんと20種類を超える醤油があったのに驚いた。子供の頃は、一升瓶をもって醤油樽から詰め替えてもらった記憶がある。少なくとも私の記憶では醤油はせいぜい2~
3種類の時代が長かった。同様のことはインスタントラーメンにも当てはまる。大量生産で高品質のものを廉価に供給し、市場シェアを支配すると言う論理はいつの間にか消え去りつつあるようだ。ワン・トゥ・ワンなどと呼ばれる、最先端機構の出現の前から、流通機構におけるパーソナライゼーションは進展していると見た方が自然である。
「バーチャライゼーション」
日本では、バーチャル=仮想といった理解が支配的なようであるが、どうもその意味は「実質的な」と訳した方が適切であろう。グローバルなビジネスにおいては、地理的/物理的な制約を超えた「実質的」な経営プロセスを実現する必要がある。この点では、ネットワークは大きな貢献を果たしている。大部屋でフェース・トゥ・フェースのコミュニケーションを旨とする日本の経営プロセスからは、どうにも導入が難しい機構とも言えよう。
これらの4つの ~ ションは、情報技術の如何に拘わらず今日の変化の底流を形作っているように感じる。むしろ情報技術が、これらの変化を必死に追いかけているようでもある。
本稿は、敬愛する相礒 秀夫先生の御講話から大きなヒントを戴いたものである。
執筆 菊田昌弘(前代表取締役)