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第19回 行政情報化の落とし穴

ネットワークの普及は、いよいよ(ようやく)行政にもおよび、21世紀初頭に電子政府を実現する目標のもとに「行政情報化推進基本計画」が閣議決定され平成7年度より各種の施策が推進されるに至っている。最近では、「電子帳簿保存法」や「住民基本台帳ネットワーク」の構築、「情報公開法」など立て続けに新しい法案、法改正案が提出され、また実施に移されている。文書の電子化」に永年こだわってきた私にとって、今年は「電子文書元年」とも思える時を迎えたようであり、うれしく思うところでもある。

ワンストップ行政サービスなども検討され、全国の郵便局や、コンビニエンス・ストアで住民票の写しや、登記簿謄本、課税証明や印鑑証明などが24時間、年中無休で行政サービスを受けられる日も間近いように思える。
零細企業のボスとして、しばしば借金を重ねざるを得ない私にとって、このようなサービスが実現されれば、便利なことこの上ないと言えよう。

しかし、電子文書屋を自認し、また常にナナメにものを捉える癖を持つ私には、いささか気がかりなことも多い。
例えば「印鑑証明」である。印鑑証明は、言うまでもなく借用書や取引に際して、捺印された印鑑が本人のものであることを証明するために用いられる。結果、借用書や取引証拠書類が本人が捺印した正式なものとしての証跡となる。
しかし、印鑑証明をネットワークで入手可能とすることは、どこかおかしい!

疑問の1)既になされている本人確認
近未来のコンビニの窓口では、何らかの方法で印鑑証明の申請に来た人が本人であることを確認しなければならないのは当然である。他人がなりすまして印鑑証明を取得できるとしたら、大変な問題が起こってしまう。本人確認を確実に行った上でネットワークに接続された端末から印鑑証明書を取得できるようにしなければならない。
本人確認を済ませ出力した印鑑証明書は、その本人が捺印した書類の真実性を保証することに用いられる。言い換えれば、書類の作成者の本人確認に用いられることとなる。
すなわち証明書をもって他の証明書の真実性を証明することと等しい。なぜ、印鑑証明の発行の時に用いた本人確認手段を直接借用書作成時に利用しないのか?なぜ、ネットワークでできることを「紙」媒体に引き戻して証明しなければならないのか?

疑問の2)印鑑証明は紙時代のオーセンティケーション機構
印鑑証明の目的は、取引証拠としての書類の真実性を保証するところにある。いわば、取引が正当な相手と正しくなされたことを証明するためのものと言える。言い換えれば、取引者に対する認証を行い、妥当性/正当性の保証をするための仕組みの一つである。
今日、急速に普及している電子商取引にあっては、顔の見えない取引相手を認証するための仕組みに、大変な努力がなされている。例えば、CA(Certificate Authority)設立への動きであり、日本でもさまざまな取り組みが開始されている。これらの努力は、ネットワーク時代にふさわしいオーセンティケーションの仕組みを確立するために費やされていると言えよう。素朴に考えれば、これらに取り組んでいる人たちの目標は、どのように印鑑証明を不要とし得るか?を実現することにあり、決して印鑑証明をネットワークを介して発行するための仕組みにあるのではないと断言できよう。

高度情報社会が「紙」媒体なしに電子的に経済活動が行える社会であるとするならば、印鑑証明書のネットワークを介した発行とは、「紙」経済機構の維持に他ならない逆行した思考ではないだろうか?今日に生きる我々に与えられた命題とは、24時間印鑑証明を入手できる機構にあるのではなく、24時間、世界を相手に光のスピードで取引が行える機構を実現することにこそあるとは言えないであろうか?

同様の皮肉は、随所に見られる。例えば、住民票のオンライン入手であり、納税証明のオンライン入手である。住民票は何のために必要とされるのか?納税証明書は何のために入手するのか?電子的な帳簿の保存とは、帳簿の版面を再現性を持って保存することなのか?それとも、商取引の記録を証跡として原本性をもって保存することに意味があるのか?行政の情報公開とは、「白書」をWebで見られるようにすることなのか?それとも、行政プロセスにおいて、刻々と発生するデータを国民一人一人が、それぞれの立場から捉えられるようにすることなのか?

ネットワーク社会とは、これまでの「紙」媒体を基礎においた経済・社会機構をネットワーク上の機構に置き換えた社会であり、急速に、しかも地球規模で実現しつつある。日本の企業経済の再生には、行政を含めた「社会コスト」の低減化が必須とされる。ネットワークは、その方途を我々に提供しているはずである。

次世代の日本は、ネットワーク社会で活躍できる社会機構でなければならないと同時に、一人一人の国民に「優しい社会」でなければならない。しばしばお世話になる区の出張所において、テーブルに向かって老眼鏡をかけながら年金受給資格証明書の申請用紙などを記入されているご老人を見かけるたびに、行政の情報化の意味を考えさせられる。



執筆  菊田昌弘(前代表取締役)



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