COLUMN

第28回 文化系の情報技術、理科系の情報技術

先週、「デジタル世紀のプライバシー・著作権」(日本評論社)の著者である松浦康彦さんが私の事務所を訪ねてくれた。いろいろお話をしている中で、松浦さんが「理科系の情報技術と文化系の情報技術」という言葉を使われ、妙に合点がいった。

これまで情報技術(最近ではITと総称される)は「理科系」の人たちのミッションとされてきた。暗号技術にしろ、オブジェクト指向デザインにしろ、コンピュータ科学を中心とする理科系の人たちの仕事の範疇とされており、これまで「文化系」の領域で活動されてきた人々が口を挟むことには大きな抵抗感があった。

しかし、ネットワークが市民生活レベルに至るまで普及した今日、「通信傍受法」や「不正アクセス禁止法」やらのネットワーク社会に向けた新しいルール作りの検討が急務とされている。一方で、これらの問題は「プライバシー保護」や「情報への自由なアクセスの保証」と言ったトレードオフを含め、さまざまな問題の発生が心配され、広く社会全体を含めた検討が必要とされていることは、松浦さんの著書にも指摘されている通りである。

もちろん、その背景にはインターネット技術の進展があり、またWebによる新しいメディアの登場などの「理科系」の人々の奮闘と多大な功績があった。今日のPKIによる電子的文書交換の安全性確保の方策もそのたまものであろう。その結果、自営ネットワークやVANなどによるとされてきた「私道」を用いた情報共有や情報交換の構造が、インターネットと呼ばれる相手を定めない「公道」を用いたネットワーク利用へと大きく変貌を遂げている。しかも、この公道は、地球全体を取り巻くハイウエイへと、日々拡充されつつある。

だが、残念ながら突然に現れた何車線もある広い道路にあって、それを利用するルール(交通ルール)が定まらず、暴走族もいれば、むやみに大きなトレーラを仕立てて我が物顔で公道を占拠する人間もいる。公道を使って企業の大切な情報の倉庫に入り込み、情報を盗み出したり、暴れ回って破壊を繰り返す輩も出現している。

上述の、通信傍受法や不正アクセス禁止法、少し前に叫ばれた米国での情報品位法制定への動きは、ネットワーク時代にふさわしい社会ルールを検討するものであろう。先頃の、電子署名法なども、これまでの印鑑証明付きの有印私文書と同様の法的根拠をデジタル文書に与えるための枠組みと言えよう。

これらを考えると、最近叫ばれているIT革命とやらは、もはや理科系の人々の範疇から、社会学、すなわち文化系の人々のミッションとして考えるべき時代を迎えたと見るのが妥当と思われる。弁護士は弁護士として、行政書士は行政書士として、税理士は税理士として、また市民運動家は市民運動家として、小説家は小説家、ミュージシャンはミュージシャンなどなど・・・。各々の立場の方々が、ネットワーク時代におけるそれぞれの身の処し方を真剣に考えなければならない時代であり、決して(私を含め)コンピュータ・オタク(?)に、それを委ねるべき時ではないと考える。

電子政府に向けて積極的に展開している米国においては、「Information Assurance(情報保障)」が社会的なテーマとしてクローズアップされている模様である。これまで展開してきた「行政紙削減法(GPRA)」や「行政実績評価法(GPRA)」、「情報技術管理改革法(ITMRA)」など一連の行政電子化の施策と「情報保障」との関連をどのように捉えていくかの検討である。文化系情報技術においても再び米国に学ばなければならない事態に陥りそうなことが心配される。

*GPEA:Government Paperwork Elimination Act
*GPRA:Government Performance and Result Act
*ITMRA:Information Technology Management Reform Act

執筆 菊田昌弘(前代表取締役)