第29回 文書の電子化と仕事の流れ
このところ、IT革命やらミレニアム・プロジェクトやら、急激にネットワークの高度利用に向けた動きが加速しているようである。
もちろん、ネットワークの効用を発揮し、新しい社会基盤として役立てて行くためには、これまでの「紙」書類を電子的な書類とし、ネットワークを介して交換したり共有したりすることができるように整える必要がある。すなわち、何度も申し上げている文書類の電子化・デジタル化が必須とされる。
単純に言えば、「請求書」や「納品書」などの書類を電子的なファイルとして置き換えることが必要となる。これまで、営業マンが手で運んだり、郵送されていたこれらの書類をデジタル化することにより、ネットワーク上での「光のスピード」での交換や共有が実現され、ビジネスの流れが飛躍的に早まることが期待される。
しかし、ここに幾つかの問題があり、それほど単純には行かないようである。
一つには、インターネットというパブリックなネットワークで取引の情報をだれもが見られる状態で送信することの危険が指摘される。誰もが通行する公道に封筒にも入れず書類を放置するようなものである。
次に、相手と対面しないまま請求書を受け取ったとしても、本当にその人の発行したものかどうか確認がとれない問題もある。さらには、「領収書」や「契約書」に貼付することが義務づけられている「印紙」を電子化されたそれらにどのように貼り付けるかの単純な問題もある。また、従来の法制度にあって、書面での提出が義務づけられていたり、対面での取引行為が義務として定められていたり、捺印・署名が要件として定められていたりするものも数多くある。
先頃内閣内政審議室から発表された「電子商取引促進のための規制改革等諸制度の総点検の現状について」(http://www.kantei.go.jp/jp/it/goudoukaigi/dai2/2siryou3.html)を見れば、ネットワーク時代に移行する上で改正を必要とする法律は、現在判明しているところで124本あるそうである。民間の間で書面等の交付を義務づけている法律のうち38本については、一括して法改正を行うため作業が進められているとのことである。
(38本の内訳)
下請代金支払遅延等防止法/資産の流動化に関する法律/投資信託及び投資法人に関する法/証券取引法/外国証券業者に関する法律/有価証券に係る投資顧問業の規制等に関する法律/金融先物取引法/保険業法/酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律/たばこ耕作組合法/毒物及び劇物取締法/麻薬及び向精神薬取締法/覚せい剤取締法/結核予防法/消費生活協同組合法/社会福祉法/環境衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律/薬事法/ゴルフ場等に係る会員契約の適正化に関する法律/商品投資に係る事業の規制に関する法律/割賦販売法/訪問販売等に関する法律/中小企業等協同組合法/中小企業団体の組織に関する法律/商工会法/商工会議所法/特定債権等に係る事業の規制に関する法律/旅行業法/電波法/会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律/建設労働者の雇用の改善等に関する法律/家内労働法/短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律/宅地建物取引業法/積立式宅地建物販売業法/測量法/建築士法/建設業法
ビジネスに携わっている方がご覧になれば、ご自身のビジネスに必ず一つや二つは関係している法律名を発見されるであろう。これらに加えて、判明している限りにおいても、さらに80本以上の法律の手直しが必要とされている訳である。いやはや大変な作業が必要とされている。
しかしながら、極論すればこれらの努力は紙書面の電子化というところに焦点があてられている。従って、「請求書」を発行したり「領収書」を発行するという仕事が変わる訳でもないし、職制上の変革を伴う必要もない。相変わらず、営業課は営業課であるし、そのなかで係長は係長、課長は課長である。見方を変えれば、ネットワークを利用するようになったからと言って、作業手順や効率が改善される訳ではない。単純に伝達スピードが速くなるだけとも言える。
ネットワークを利用し、作業の効率そのものの効率を上げていくためには、もう一つ工夫が必要のようである。例えば「請求書」や「領収書」という書面は誰が何の目的のもとに作成するものかの見直しである。
極く一般的な物販の商取引においては、次のような一連の書面の流れが思い浮かぶ。
見積依頼書 | 顧客からベンダーへ |
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見積書 | ベンダーから顧客へ |
注文書 | 顧客からベンダーへ |
注文請書 | ベンダーから顧客へ |
払出指図書 | ベンダー内部(営業から出荷係りへ) |
納品書 | ベンダーから顧客へ |
受領書 | 顧客からベンダーへ |
請求書 | ベンダーから顧客へ |
領収書 | ベンダーから顧客へ |
これらの内容に着目すれば、大枠としての変化はない。品物を特定する情報や、金額などが列挙されたドキュメント群である。しかし、請求書はベンダー側の債権の証拠として用いられるし、領収書は顧客が支払決済した証拠としての効力を持つこととなる。すなわちこれらのドキュメントは、紙時代の商取引にあって、一連の手続きの進行過程を客観的に証明するために用意されてきたものであり、会計証拠、監査証拠としての紙情報オブジェクトである。
ネットワーク時代を迎える今日、われわれに課せられた課題は、これまで用いてきたこれらの紙書面をそのままに電子化するのではなく、ディジタル時代にふさわしい商取引の会計証拠、監査証拠を考えることにあると思うのは思い過ごしであろうか?行政における電子化も、これまで申請や届出書類として行政側が受け取ってきた紙書類をその形式要件のまま電子化に置き換えたことによって「電子政府」が実現されたとは言えまい。
執筆 菊田昌弘(前代表取締役)