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第31回 再び、増田 米二論

以前にも、このコラムで触れさせて戴いたが、私が情報産業とやらに足を踏み入れた直接のきっかけは、生産性本部や経営情報開発協会でご活躍されていた「増田 米二」先生との関係にある。既に、亡くなられて久しいが、今日でも令夫人やご子息(米国のZERONグループの総帥で「メガ・ベンチャー:東洋経済新報社刊」の著者)と、家内ともどもお付き合いをさせていただいている。わが国コンピュータ利用の黎明期のころ、MIS視察団を編成し米国での調査を行い、わが国におけるコンピュータ利用の方向を形作った方でもあり、コンピュータとデモクラシとを結びつけた「コンピュートクラシ」なる言葉を作った方でもある。

不思議なことに(また、この種の人の常として)、先生は国内よりも海外の方が知られている様子である。著書の「情報社会:The Information Society」は、私の知る限りにおいても世界17カ国語に翻訳され出版されている。

現在、わが国でもミレニアム・プロジェクトに代表される政治・経済を含め、新たな情報社会への大規模な構造転換が推し進められている。本来であれば、新しい社会経済構造の基本的な枠組みに対する広範な検討が先行すべきであろうが、実際には光ファイバー網の整備や新しいコンピュータシステムの導入などを中心とした、ファシリティ面に取り組みが集中しているように思われる。

増田先生は、20年あまりも前に、情報社会への道程や枠組みを大胆に描出し、その理論は今日において再び、日本に限らずさまざまな人々がその論を引用しはじめている。何より、情報社会を形成する論理、晩年にはケインズ経済論への挑戦とも取れる独自の理論を、日本人である先生が、新宿御苑に程近い狭いオフィスの中で描き出したのは、改めて驚嘆するところであるし、当時の若輩の私には、先生が投げかける議論を十分に受け止められるだけの度量と知識がなかったことを、改めて悔やむことも多い。

先生の著書は膨大であり、その詳細を紹介することは不可能であるが、情報社会論の全体的な枠組みを要約させていただくと以下となる。

1.社会的技術としての情報技術
狩猟、農業、工業は社会技術であり、狩猟社会、農業社会、工業社会を出現させた。情報を社会技術とすれば、情報社会が形成されるのは必然であるという、半ば史観と言える論理である。

2.情報技術は人間の知的労働を代替し増幅する
知的労働の代替とは、オートメーションであり、増幅とは知的創造力の拡大を意味する。知的創造力の拡大は、具体的には問題解決と機会開発(将来の可能性を追求し、実現すること)の2つの能力の拡大を指す。

3.情報革命の段階
情報革命の第一段階として、オートメーションすなわち、オフィスオートメーションやファクトリオートメションが位置付けられる。これによって大量失業が発生するがこの状況をワーク・シェアリングや労働の多様化(契約労働、自衛労働、奉仕活動、義務労働)で克服していく第二段階、すなわち知的創造段階に移行していく。

4.価値観の転換
従来の物的価値観から時間的価値観(時間を重視する価値観)への転換と、生活者としての消費者から機会開発者への変革が発生する。

5.新しい社会経済システムや社会体制への変革
共働経済、直接民主政治、自主的コミュニティが出現する。社会体制としては、フォーマル・セクターに対し、インフォーマル・セクターが優位となり、国民国家体制が弱化して、究極的には、国家を超えた市民共同体を基盤とした地球規模の情報社会が形成される。

現在、発生しているさまざまな現象を抽象化すると、先生が20年も前に指摘されたこれらの論がそれぞれ符合していることに驚く。いや、先生が描いた時代が、おぼろげながらその姿を、われわれ凡人にも見えるようにようやくその姿を見せ始めたと考えられる。

20年以上も前、PETという初期のパソコンを還暦祝いとして贈ったときに、目を細めて喜んでおられた姿を思い出す。もちろんインターネットに接続されるわけでもなく、BASICのプログラムがようやく動く、いまではゲーム機にはるかに劣るしろものである。

先生はコンピュータ技術そのものは、あまり意に介していなかった様子である。言い換えれば、コンピュータ技術にこだわらなかったからこそ、あのような論理を描きだすことができたと考える方が正しかろう。先生の投げかける壮大なコンピュータへの期待を、当時の幼稚なコンピュータを用い、プログラムとして実現しなければならない立場にあった私にとっては、時として反発も感じていたのが本音である。

ただし、先生の組み立てられた論理のすばらしさは、今日になって改めて認識するところであり、そのような方に師事できたのは私の宝とするところである。

しかしながら、先生がもっと大きな舞台でご活躍されていたら、日本発のパークやバテルに相当するような世界規模のシンクタンクが構成できたのではないかと無念にも感じるところでもある。



執筆  菊田昌弘(前代表取締役)



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