第32回 ネットワークを利用した電子書面の交換
私達が生活するうえで、さまざまな書類が交換されている。私がオフィスに来て、最初にする仕事は、毎日山のように到来する郵便物の中から、DMなどと、重要な書類とを分別し、しかるべき担当に、該当書類を手渡し処理の指示などをすることから始まる。
また、われわれのような私企業にあっても、業務を進めるうえで、さまざまに情報の発信を行う。そのいくつかは法制度によって義務付けられている。例えば株主の皆様に対して、決算書をご通知したり、株主総会が必要な場合、招集通知を確実にお届けしなければならない。権利をお持ちの方に、公平に情報をお伝えすることは、きわめて重要である。
今日、このような情報の通知・開示に際して、郵便による方法が一般的である。実際、株主への招集通知などは、郵送で送られてくるケースがほとんどである。そこには、委任状や議決権行使書などが同封されており、必要な場合には、先方に再び郵送で、返信することとなる。
郵便制度が存在しなければ、われわれは手渡しでこの種の書類を渡さなければならないこととなる。私の会社は株主も数名であり、手渡しも可能であるが、多くの株主を抱えておられる大企業は、海外の株主まで含めて公平に書類を渡すことは、不可能であろう。
最近のネットワークの普及は、情報の通達や開示に際してきわめて好都合である。株主の住所がどこであろうと、ネットワークに接続されている限り、瞬時に情報を通達し、広く情報を開示することが可能となる。
しかし、長い歴史の裏づけがある郵便制度に比較し、ネットワークの歴史はきわめて新しい。ネットワークを郵便制度同様の社会的機構として利用していくことには、さまざまな問題がつきまとう。
例えば、情報の開示である。インターネットがこれほどまで普及した背景には、WEBと言う優れた情報開示の機構が大きく寄与しているものであり、例えば株主に対しての情報開示などはWEBを使って行うことは、お手の物であろう。ただし、すべての株主がWEBを利用できる環境になるには、まだ時間がかかりそうである。郵便のように、だれもが受信できる機構とはなっていないため、情報開示に際してもWEB一辺倒で行うことはできない。
このため、従来通りの郵便と併用が必要となり、業務手続き上の改善に直接結びつきにくい。一方、最近の携帯電話の高度化は、コンピュータを使わなくとも、情報にアクセスできることを可能としているため、これらのご利用者からは、携帯電話での情報開示や通知を希望する方も出現するであろうし、FAXをお持ちの方はFAXでの通達を希望する場合もあろう。これまで郵便だけに対応すればよかったのが、メディアの発達により、何通りもの方法に対処しなければならなくなり、かえって業務処理上では著しく煩雑になってしまう。
インターネットを利用する場合でも、WEBは広くだれにでも情報を提供することは得意技であるが、株主だけに限定しようとすると、著しく問題が複雑になってしまう。まず、権利を有する株主を認証しなければならなくなる。また、この認証の問題が解決されたとしても、例えば、権利のある株主が、しかるべき情報を取得したことを、WEB機構のどのメカニズムをもって証明するかの問題が発生する。
例えば、郵便のように相手の手元に情報が渡ったことをもって通知したとするならば、相手のパソコンにデータが確実に格納されたことを、送信側が判定しなければならなくなる。また、WEB上に受信者のためのURLを設定し、常に受信者がそのURLをクリックできるようにしておくことで通知したとみなすやり方も考えられる。この場合、その情報をクライアントのパソコンに格納するか否かは、受信者側の操作にゆだねられるものであり、送信者側が強制することは容易ではない。
先ほどの株主総会の招集通知は、郵便局に送信者が投函した事実をもって、通知義務を果たしたとみなされるようである。実際に、株主の住所が変わっていたりして、必ずしも当人に情報が渡らない場合でも、送信者の通知義務は遂行されたこととなる。
もちろん、メールを利用する場合でも、相手のメールアドレスがいつのまにか変わっており、到達しない場合もあるが、相手への通知義務が果たされたかどうか悩ましいところである。ネットワークを使った場合、確実に相手を特定して、しかも相手のコンピュータに格納されたことまで、送信者側が判定しなければならないとすれば、現在の郵便を使った機構より、はるかに厳しい条件が発信者側に課せられることとなってしまう。
極論すれば、大株主や機関投資家を中心として、これまで滞りなく運営されてきた株主総会も、一人一人の株主に確実に通知を送達し、一人一人の株主から議決権行使書を受け取らなければならなくなるとすれば、株主総会の内容もずいぶん現在とは、変わったものとならざるを得ないであろう。
これらを考えると、ネットワークの便利さを、実際の現場に適用可能とするためには、まだまだ課題が多そうである。
執筆 菊田昌弘(前代表取締役)