第36回 デジタル・アーカイブに向けた取組み
繰り返しお伝えしているように、このところXMLに関係したコンソーシアムやフォーラムの活動が活発である。XMLを適用した電子購買に関するコンソーシアムであったり、電子申請や電子出版に関する組織である。多数の方々が、XMLを基盤においた情報共有構造を確立し、複数組織間でのネットワーク社会にふさわしい新しい機構を実現すべく並々ならない努力を傾注しておられる。
一昨日もこれらのコンソーシアムが同日に3か所であり、さながら選挙直前の候補者のように、会場となっているいくつかのホテルを走り回ってしまった。準備に多大な時間を費やされた方々に大変申し訳なく思っている。
わが国においても、ようやく現実化しはじめたこれらのコンソーシアムの活動に関しては、改めてご紹介の機会をいただきたいと考えているが、今回のコラムにあっては、これらの活発化し始めた活動の影に隠れて、やや目立たない別な角度からのXMLへの取組みを紹介したい。
言うまでもなく、XMLはその母であるSGMLの血を受け継いでいる。SGMLの目指したところのひとつの目標は、「ハードウエアやソフトウエアの変化に依存しない電子文書の記述規約」にある。
ワープロやらブラウザやらのソフトウエアや、変化著しいパソコンなどのハードウエア環境を利用せざるを得ない電子化文書の必然は、ともすると情報処理ビジネスに関わっているソフト企業やハードメーカのパワー・ゲームの場となり「このソフト、このOSの環境で」といった特定化が進んでしまう。
その結果、せっかく電子化した文書も2、3年経つと、読めなくなったり、改めて電子化をやり直さなければならなくなる。ここに、再三指摘している電子文書を扱ううえでの、さまざまな「標準化」の取組みが重要となる理由がある。
特に、図書館関係の仕事に携わっていると、商取引や行政に関わる書類といった現在の用いられている情報というよりも、過去の文献や記録をどのように電子化するかと言う課題が大きくクローズアップされてくる。(もちろん、現在盛んに作成される行政関係の書類も、いずれは後世の人々が歴史資料として研究することになるであろう。)
このような課題を考えるとき、前記の「ソフト/ハードに依存しない電子文書の規格」は、極めて重要となる。
見方を変えれば、これまでなかなか閲覧することができなかった歴史資料が、電子化され、多くの研究者がさまざまに研究できるようになれば、また新しい知見が得られたり、同時に複数の文献の比較が可能になるなど、ネットワーク時代の特性を活かした資料提供や研究方法が実現される可能性もある。
その意味では、現在活発に進展しているXMLの商構造への適用であるとか、行政電子化に向けた取組みとは別な意味での、XMLを使った古典資料や歴史資料をアーカイブする取組みが極めて重要と考えている。
先ごろ、不思議なご縁があり、東洋学園のCharles Muller先生と知り合うことができた。Muller先生は、XMLを用いて電子仏教辞典や電子漢英辞典などを編纂し公開している。ご興味のあられる読者は、ぜひ先生のサイト(http://www.acmuller.net/)をご覧戴きたい。日本語、中国語、サンスクリット語、チベット語により、仏典や仏教用語を解説されている。もちろん、日本においても、国文学研究資料館や国立情報学研究所をはじめ、いくつかの機関が、これらの歴史資料のデジタル化に取り組んでおられる。
しかし、Muller先生や、スミスカレッジにおられるJamie Hubbard先生など、米国籍の若手(?)の研究者が、日本に古来から伝わる史料の電子化に積極的に取り組んでいる事実は、あまり知られていないのではないだろうか?逆に、日本側が先祖から受け継がれた貴重な情報の電子化について積極的に取り組んでいるのかどうか気になるところである。私の知る限り、日本の取組みにあっては極く一部の意欲ある研究者の個人的な努力に委ねられている印象が強い
これらの史料の電子化に際しては、草書や豊臣秀吉が朝鮮から運び込んできた木活字による印刷物などが対象となる訳で、当然文字のシェープ(グリフ)や、文字体系などを含めた気の遠くなるほどの努力が必要となる。
それらの費用や研究体制は、現在の個人依存性が強い状況では、はかばかしく進展しないことを心配している。一方、韓国や中国、また台湾などにあっては、その歴史資料の電子化は、わが国に比べてはるかに進んでいる事実も、大変気がかりな点である。このままいくと、日本の史料もこれらの周辺諸国のサイトを見なければならなくなるのではないだろうか?
私が運営しているシナジー・インキュベートと言う企業は、文字通りの零細企業でありこのような活動に向けて、貢献できるところは極く些細なものとなろう。しかし、静岡大学の長瀬先生が取り組まれているTopic Mapの源氏物語への適用であるとか、Muller先生Hubbard先生などの仏典に対する取組みに向けて、いくばくかでもお役に立ちたいと考える次第である。
執筆 菊田昌弘(前代表取締役)