COLUMN

第23回 − ネットワークの背後にある知的財産権WAR −

新ミレニアム始めての投稿です。読者の皆さん、遅ればせながら新年のご挨拶をさせていただきます。
前回の「新たな局面を迎えたXML」の投稿以来、1-2ヶ月しか経過していないのに、私の身辺はけたたましく、ドグ・イヤーどころかミジンコ・イヤーのような変化の時間を過ごしております。読者諸兄にお伝えしたい内容も山盛りとなってしまいましたが、今回は「特許」についてお考え戴きたいと考える次第です。

米国でのベンチャービジネスの隆盛を見て、わが国でもベンチャー待望論がわき起こっている。実際、各地で「ニュービジネス協議会」や「インキュベーション・センター」などが多数設立され、また「マザーズ」や「ナスダック・ジャパン」などニュービジネスに焦点をあてた証券市場の整備も急である。かく言う私も、これらの協議会一部についてお手伝いをさせて戴いている。自分自身ベンチャー・ビジネスの経営者(というよりも零細企業のオヤジ)でありながら、知ったような口をきかなければならないのは、いささか違和感を覚えるが、できる限りの努力はしてみたいと情熱を覚えるところでもある。

言うまでもなく、ベンチャービジネスの育成と「特許」とは、密接な関係を持つ。わが国でも、大学等研究機関が保有する知的所有権の流通を活発化し、新規事業創出と中小ベンチャー企業の育成を図っていく目的のもとに財団法人日本テクノマートが特許庁の委託を受けて事業展開している。 (http://www.jtm.or.jp/JTMDB/index2.html)

実際、ネットワークの展開とともに急成長を遂げつつある米国ベンチャー企業の活動の源の一つは「特許」にあり、新しい価値創造に向けて展開し始めた世界経済の中にあって、特許を支配することは、新しいミレニアムの勝者となることが約束されたようなものでもある。特に最近騒がれている「ビジネスモデル特許」は、ネットワーク・ベンチャーそのものと言える。

ビジネスモデル特許とは、特にネットワーク上に出現が著しい、ネットワークを利用した新しいビジネス手法そのものに対して特許を認めるものであり、プライス・ライン社による「逆オークション機構」や、アマゾン/・ドット・コム社の「ワン・クリック」など続々と出現している。「逆オークション機構」は、個人である顧客が、あらかじめ希望価格を複数のベンダーに提示し、この価格で商品を提供できるベンダーが契約する方式である。日本でも、ホテルの予約や、航空券の販売などに利用されつつあるようである。「ワン・クリック」は、複数の配本を一つの注文で実行できるサービス機構を言うようである。

一般に特許には「技術的新規性」が必要と考えてしまい、特許取得への敷居の高さを意識してしまうが、これらのケースでは「技術的新規性」は認め難く、従来からのインターネット関連技術を使って新しい商売の方法を考え出した程度のものと言えよう。例えれば、気の利いた魚屋さんがサンマと一緒に大根と大根オロシを一緒に売ることを考え出し、その商売のやりかたを特許として取得したような類かもしれない。このような類のアイデアが続々と特許として認められていくとすると、ネットワーク後進国の日本の今後のネットワーク社会はアメリカの特許にがんじがらめになっている懸念すら感じる。

KPMGの調査によれば、1980年代において200億ドル以下であった米国の「特許ロイヤリティ収入」は1998年には5倍強の1100億ドル(12兆円相当)にまで達している。IBM社では、年間11億ドル(1200億円)と、売り上げの1.3%相当を特許ロイヤリティから得ている。これらの数字は、米国が「特許」の持つ重要性を政策レベルに認識し推進していることの証左と思える。

一方、私が関わっている文書データベース・サービスの世界にあっても「特許」情報は重要なコンテンツである。インターネット上に流通する他の多くのコンテンツが、情報提供者側の厚意(まれに悪意)のもとに、無償で提供されるに対し、特許情報は「情報」自体が経済活動と密接な関係を持ち、特許情報自体が一つの「経済財」として法制度上も古くから位置づけられている意味において、いささか他のインターネット上に流通するコンテンツとは性格を異にする。利用者からみても、他のWEBページ群が一般的な利用者を前提におくのに対し、特許情報は、企業の知的財産部や特許部など、専門的な立場の方々がもっぱら利用するようである。

これらを背景としてデータベース業界においても、老舗のDialog社や科学技術振興事業団のSTNサービスにおいて「特許」は、重要なコンテンツとしての位置を占めてきた。

日本においても昨年特許庁が開設した「特許電子図書館」は、「権利情報」すなわち「知的財産権情報」としての「特許」情報の円滑な流通・提供をはかり、わが国経済全体としての課題でもある「ベンチャー企業」インキュベーションの枠組みとして機能させる目的のもとにあるとされる。そこでは、明治以来特許庁が蓄積してきた特許、実用新案等を含め約4000万件に上る特許情報がタダで提供されている。(http://www.jpo-miti.go.jp/ipdl/ipdl_b.htm)

また情報としてはいささか古いが、総務庁の「世界の統計」によれば1995年時点で、日本における特許出願件数は約39万件であり、主要国の中で最多である。ちなみにその年度での米国は23.5万件と日本の約6割程度にとどまる。「なんだ、日本の特許は世界で最も多いのか!それなら安心だ。」と軽々に片づけるのは問題であろう。日本の特許は、一つのアイデアの周辺を固め、類似する競合商品が出現しないよう、さまざまに枠をかぶせることを目的とした特許が多く、本来の特許よりも、安全のため取得する特許が3分の2を占めるとされる。これらを、実際に特許として使われることのない「休眠特許」と呼ぶようである。

休眠特許の山のなかから、必要な特許を見いだすことは並大抵のサーチ技術では困難であるし、特許情報の扱いが新進ベンチャーの技術者のものではなく、特許専門家の枠にとどまる原因ともなっている。

これらの事実から、わが国の特許についてもさまざまな疑問がわく。

  1. 「財産権」そのものである特許情報を、タダで配布することの是非。
  2. 「休眠特許」の山となってしまった今日のわが国の特許制度のあり方。
  3. 「特許」は、「特許専門家」のための情報か、技術者・発明者のための情報か?
  4. 米国でのビジネスモデル特許は日本のネットワーク社会の進展に重大な障害となりはしないか?

好むと好まざるとに関わらず進展するボーダレス経済のなかで、密かに進展する特許の覇権抗争のにおいを感じところである。

単に、特許情報を提供するにとどまらず、「経済財」である「特許情報」を健全に取引可能とする国際的な機構の形成が重要な時代を迎えている。現在、民間においても、「特許情報」を「経済財」として扱う意味でのデータベースサービスが進められ始めたようである(http://www.g-net.ne.jp/)。

わが国の優秀な技術を国際経済のなかに提供し、また海外の先駆的技術に基づく特許を正しく使いこなす意味でのフェアな機構を形成する努力が求められている。

執筆 菊田昌弘(前代表取締役)